03
2013

あるようでないもの

CATEGORYまいちに
いつまで経っても好きになれないものがある。
音楽のDL販売です。

最近、ゲームのDL販売の良さはわかってきた。
ゲームのディスク入れ替えはとにかく面倒。
それに比べ、アイコンぱぱぱっとタッチして
そのときの気分でプレイするゲームを選べるのは、
特に携帯ゲーム機のようなお手軽さがうりのコンテンツには
すっごくなじみがいい。ってことにきづきはじめました。

最近のゲームはもう説明書すら画面上で見るような仕様になっているし、
パッケを買う意味もほとんど無くなってきているかなあと思います。
たしかにゲーム機自体はどんどん進歩していくのに、
いまだにアナログな紙モノ説明書を必要なときにどっかから探してきて、
一々手元をみながら進めるの意味不明すぎるもんな・・・。

あとはDL版に関しては、特に携帯機にとっては死活問題である
データ容量くらいなもんだと思いますが、メモカが高すぎる。とかね。
でもきっといつかすっごくやすく買える日がくるだろうし。これまでの流れ的に。

パッケージ版があるものに関してはいまのところ
やっぱりパッケージで買っちゃいますが、
それでもROMを入れ替える度に
「やっぱDL版かっとけばよかったかもなあ」
と たまにおもいます。

ただ音楽はやっぱり馴染めない。
そりゃあ、盤の状態でそのまま聴くかい?っていわれたら聴かないですよ。
スグに中身吸い取ってデジタルプレイヤーにつっこみますよ。
どうせそうするならDL版買うのとかわらないです。

でもゲームのそれとCDのそれとではぜんぜんちがうんだよなあ。
べつに軽快さや快適さ、利便性は求めてないというか・・・。
あくまで私個人の主観ですが。

ゲームのパッケージって型がほぼきまってるし、
最近はパッケ版(通常)を買っても結局
説明書もついてこなくて、ちょっとしたパンフ、広告、
そしてただディスクが入ってるだけ状態なので
あまりそこにアートっぽい何かを感じることはないですが
CDはぜんぜんちがうよ。
ケースの仕様とか紙の種類とか特殊加工とか、オビとか盤面とか盤裏ジャケとか。
ガワふくめての美術だよ。

ゲームやってるときにここのボタンの割り振りどうなってんだろ?
って説明書ガサゴソさがすのと、
音楽きいてるときに「今なんつったんだろ」
って歌詞カードガサゴソさがすのとでは、まったく意味あいが違います。

説明書はその名の通り、意図を説明するためのもの。
つまり前提です。そこはスタート地点です。
説明はそりゃあ完結に、できれば便利めにおねがいしたいですよ。

でもCDの付帯品は世界観の一種です。
もしかすると音楽内で作品は完結しているのかもしれません。
しかし文字にしなくてもいい歌詞を掲載したり、作者のコメントを添えたり、
絵をつけたり写真を載せたり。本来は無くてもいいかもしれないものを載せる。
それはなぜか? そこまでが世界の一部だと考えているからではないでしょうか。
世界観をハショられてエッ?てなるのは、ふしぎじゃありません。
前者はマイナスをゼロに。後者はゼロをプラスにするものなんですから。


勿論、CDを出す側はボランティアでやってる訳ではないですし、
わざわざ物体として出してぜんぜん売れなかったら本末転倒なので
ニーズや状況にあわせDL販売っていうのもしょうがないし、
私が物体としてのCDを求めるのとおんなじように、
便利さやお手軽さ(それとももっとべつのなにかがあるのかもしれません)
を追求したDL版を求めている人がいるからこその
この現状だとは理解しているんですが。
でもやっぱりどうしても「何かの終わり」をみつめている気がして、心が落ち着かない。

音楽のDL販売というのは、
多分私が株とか宝くじとか、
ソーシャルゲームの課金にまったく興味がなかったり、
クレジットカードで買い物をするとき
心に何かがどしっとのしかかってくる、
(でもつかっちゃうんですけど)
そんなようなのとおんなじ類のなにかなんでしょう。

なんなんだろうなあこれ。
ないものを買ったり、ないもので買ったり。
単にそういうのに、違和感があるだけなんだろうか。違和感はいつかなくなるんでしょうか。